症例報告

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3年の時間差で両側甲状腺摘出術を行い,良好な治療経過を示した甲状腺癌の犬の1例

はじめに

犬の甲状腺腫瘍は,全腫瘍の1.2-3.8%を占める内分泌腫瘍の中でも最も一般的な腫瘍で,高齢犬に多発する傾向を有するが,雌雄の発生率の差は認められない.腫瘍の発生において左右差は認められないが,およそ 60%の症例か?両側性に発生する.35-40%において初診時に遠隔転移がみられ,最終的には80%の犬に転移が認められる.殆どの犬の甲状腺癌は非機能性であるが,およそ 10%の症例で甲状腺機能亢進症(機能性)を伴う.今回, 3年の時間差で機能性甲状腺癌を発症した犬に対し,その都度甲状腺摘出を行った結果,良好な経過を示したので報告する.

プロフィール

○10 歳齢 避妊雌 ウェルシュ・コーギー

主訴 ○左頚部腫瘤の腫大 腎パネルの上昇
ヒストリー
○現病歴:
左頚部腫瘤の腫大
○既往歴:
外科疾患:前医にて3年前に右甲状腺を摘出
1年前に子宮蓄膿症で子宮卵巣全摘
内科疾患:2年前に左頚部に 3.9 × 1.3cm の腫瘤を発見.
血清総チロキシン(T4)の上昇を認めたことより
チアマゾールによる甲状腺機能亢進症の治療を受けていた.

身体検査所見

  • 体重:14.2kg
  • 体温:39.2℃脈  拍数200回/min  呼吸数:バンティング
  • 所見:左頚部に約 5 × 3cm の腫瘤(硬く,深部固着あり,上部はやや可動性あり)

治療と経過

○血清総チロキシン(T4)濃度および血清カルシウム(Ca)濃度の推移(下図)

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甲状腺切除術は嚢外アプローチ法を用い,摘出した甲状腺は病理検査を行った.
甲状腺切除術後,甲状腺ホルモンの補充療法を開始した.
開始用量はレボチロキシンナトリウムを約20μg/kgとし,適宜モニタリングを実施し,用量を変更した.また上皮小体機能低下症による低カルシウム血症を考慮し,カルシウム製剤および活性型ビタミンDの投与も並行して行った.術後の甲状腺ホルモンおよび血漿カルシウム濃度は良好に推移した.
摘出した甲状腺腫瘤は病理組織学的評価では甲状腺癌であり,臨床検査所見を裏付ける結果であった.作成された病理組織標本上で病変部は切除されていた.術後第2病日より自発的な採食が可能となり,腎パネルも良好な推移を保った.しかしながら,術後第3病日より高カリウム血症が認められた.術前1週間より投与していたACEIの休薬,低カリウム食への変更およびデソキシコルチコステロン(DOCP)の筋肉内投与により安定化したが,高カリウム血症の明確な原因は不明であった.以降、定期的に検査を行い、甲状腺ホルモンの補充療法のみで第221病日まで、良好に維持している.

臨床検査所見

CBC CHEMISTORY
RBC(×106/μl) 6.32 WBC(/μl) 16 060 TP(g/dl) 6.7 Tbil(mg/dl) 0.2
Hb(g/dl) 15.0 Band-N 0 Alb(g/dl) 2.5 BUN(mg/dl) 54
PCV(%) 40.2 Seg-N 10 840 Glb(g/dl) 4.2 Cre(mg/dl) 2.3
MCV(fl) 63.6 Lym 2 328 (A/G) 0.6 (UN/Cre) 23
MCH(pg) 23.7 Mon 1 455 ALT(U/l) 66 P(mg/dl) 4.6
MCHC(%) 23.7 Eos 1 455 AST(U/l) 27 Ca(mg/dl) 9.8
Plat(×103/μl) 745 Bas 0 ALP(U/l) 63 Na(mmol/l) 149
        GGT(U/l) <0 K(mmol/l) 5.0
        Tcho(mg/dl) 195 Cl(mmol/l) 117

○頚部超音波検査(下図)

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CBC 基準値
T4 4.1μg/dl 0.9〜4.4
FT4 47.6pmol/L 7.7〜38.6
TSH 0.02ng/ml 0.02〜0.32
  • 左頸部に認められた腫瘤の超音波検査所見
    血流の豊富な充実性の腫瘤(5.0cm×2.7cm×3.1cm)であることがわかる.

細胞診

腺構造を持った上皮細胞集塊,裸核の細胞が多く採取.細胞間にコロイドの付着像散見.軽度の核の大小不同.

病理組織検査

○病理組織検査(下図)
HE染色.コロイドの貯留を認める.

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○甲状腺癌
腫瘍組織は,立方形〜多角形の濾胞上皮細胞の,大小様々で不規則な濾胞状,一部充実巣状構造で構成され,濾胞構造はしばしば虚脱やコロイドの貯留を認めた.
腫瘍細胞は境界明瞭な中等量の好酸性細胞質,中央に位置する円形の核,小型の核小体が観察された.また細胞異型は低かった.

最終診断

機能性甲状腺癌

主治医の意見

本症例は,チアマゾールを1週間休薬した後の血清総チロキシン(T4)濃度は>7.0μg/dlと亢進していたことにより,頸部の腫瘤は機能性甲状腺腫瘍であることが示唆された.3年前に片側甲状腺摘出術を受けていたため,残存甲状腺の摘出は両側甲状腺および上皮小体を全て摘出することになり,甲状腺機能低下症および上皮小体機能低下症に発展する可能性があった.頸部腫瘤の増大傾向や超音波検査において腫瘍組織が甲状腺被膜内に限定されていること,X線検査および腹部超音波検査上から転移所見を認めなかったことなどから残存甲状腺の摘出手術実施を決断した.近年の調査によると,犬の甲状腺癌は,周囲組織への固着性がない非浸潤性で遠隔転移が認められない場合は,良好な外科的予後が期待され,摘出後の平均生存期間は36ヶ月を越えると報告されている.本症例も甲状腺摘出術を行ってから現在に至るまでの約8ヶ月間,再発および転移所見はなく,甲状腺ホルモン補充療法のみで良好に維持できている.摘出した甲状腺の病理組織学的所見では,圧迫されて扁平化した非腫瘍性の上皮小体も同時に観察されたが,カルシウム製剤および活性型ビタミンDを継続投与する必要もなく,血漿カルシウム濃度は良好に維持することができた.犬の甲状腺癌は両側の甲状腺および上皮小体を全切除しても,良好な予後は期待できることを本症例は実証した.